肝臓がん末期闘病記

肝臓がん末期闘病記
2015/11/25 更新

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笹野富美夫と申します。
はじめまして。笹野富美夫と申します。
私は2004年の3月に末期の肝臓がんを告知され、余命3ヶ月の宣告を受けました。
それから1年と8ヶ月後、肝臓がんの腫瘍が消えてしまうまでの 私の闘病記を記して行きたいと思います。
まずはコチラをご覧下さい。
⇒末期がん(肝臓がん)による余命3ヶ月の告知書です。

2005年11月:チューブが外れる直前 2007年3月:残った痕
私の闘病生活で一番大変だった事です。。。
私の肝臓は全く機能していなかったため、身体の中にチューブを入れ胆汁をこうして体外に出していました。

左は2005年11月
1年半の末期がん(肝臓がん)闘病生活を終え、チューブを外してもらう直前の写真です。
右は2007年3月
傷跡を残しておこうと撮った写真です。


■肝臓がんと向き合う

1999年(平成11年)7月8日、最愛の兄が胃がんの末期で、この世を去りました。
兄が亡くなった後、その病院の院長先生からこんな話しがありました。

「お兄さんは、余命3ヶ月と言われていましたが、それよりも1ヶ月延びて良かったですね。」

私は当時、お医者様に治療してもらえればほとんどの病気は良くなるものだと思っていました。

もちろん、がんに対してだってそうです。
末期がんに対しても抗がん剤などの治療をすればそれなりの効果は期待出来るものと思っていました。
にもかかわらず、院長先生の無責任とも取れるその言葉に私は唖然としてしまいました。

「院長先生、抗がん剤はどの位の確率で効くのですか?」

院長先生は少しためらいながら時間を置いて言いました。


「100人に対して数人ですかね。」

私は思わず絶句してしまいました。
そんな低い確率のものに兄の命を預けていたなんて。。。
私はこの日を境に、【がんに抗がん剤は効かない】という事が頭にインプットされてしまいました。

そしてまた、この日をキッカケに、健康に関する知識を自分なりに勉強するようになりました。

そんな私が肝臓がん末期と診断されたのは、2004年(平成16年)3月の事でした。

まさか、生まれて初めての入院が、余命3ヶ月の末期がん(肝臓がん)との闘いになるとは夢にも思っていませんでした。

肝臓がんの末期症状と診断された時、妻はその場で泣き崩れ、私自身の頭には【死】と言う文字だけが浮かんでいました。
妻にはその後、肝臓がんの末期症状のため、余命3ヶ月と宣告されたそうです。
私には余命3ヶ月の宣告ではなく、肝臓がんと言う病名だけが告げられました。

その時から、家族を含めて、末期がん(肝臓がん)との様々な闘いが始まりました。

末期がん(肝臓がん)の闘病生活は生死を分ける道のりであり、想像を遥かに超える苦難の道のりでした。


現在、末期がん(肝臓がん)の余命3ヶ月の宣告より、約5年が経ちます。
5年と言う歳月が経った今、私が思う事は『人間の体は未知であり本当に不思議だ。』 と言う事です。

私は、生きる方法として唯一残された肝臓移植を断り、がんに(良いとされる) 抗がん剤治療を受けずに、代替医療の(自己)免疫療法で、肝臓がん末期を克服する事が出来ました。

現在も元気に生きている様子を末期がん(肝臓がん)患者の一先輩としてひとりでも多くの方に伝える事が出来たらと思っています。



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◆ 更新履歴 ◆

2015年11月25日
*血液検査をして来ました。
2014年12月24日
*血液検査を受けて来ました。
2013年12月21日
*血液検査を受けて来ました。

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笹野富美夫著
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