肝臓がん末期闘病記

肝臓がん末期闘病記

◆肝臓がん末期闘病記◆

【第1部】
2003年9月頃〜2004年3月頃

*体調異変・余命3ヶ月の宣告
体調異変からいきなりの黄疸、そして末期がん(肝臓がん)の告知とともに余命3ヶ月の宣告の頃まで。
私の人生の中で一番辛い時期でした。

【第2部】
2004年3月頃〜2004年4月頃

*肝臓移植と健康食品の選択
治療法が無い中、肝臓移植の話しを家族が持って来てくれました。しかも提供予定者は妻との事。
『そんなの出来る訳が無い…』私は肝臓移植を断り、友人が探して来てくれた健康食品に私の命全てを賭ける事にしました。

【第3部】
2004年4月頃〜2004年5月頃

*造影剤の副作用で死の瀬戸際を経験
造影剤の副作用で私は死の瀬戸際を経験しました。
それはもう大変な経験をしてしまいました。
妻には『会わせたい人がいたらスグ呼んで下さい。』とまで…。

【第4部】
2004年5月頃〜2004年7月頃

*4度の『死の宣告』と9度の入退院
その後の病状・体調も最悪のものでした。
この2ヶ月間で体重は【38キロ】にまで落ち、4度の『死の宣告』、そして9度の入退院を繰り返しました。

【第5部】
2004年7月頃〜2004年10月頃

*10円玉大の肝臓がんが3つ消える
壮絶な闘病生活の中、一筋の光が見えた時期でした。
様々な試みが功を奏し、10円玉大の肝臓がんが3つも消えていたのです。
そしてこの頃、末娘の結婚式も控えていました。
体調が良好になりつつあった私はとても楽しみにしていたのですが直前にまたもや薬の副作用によって…。

【第6部】
2004年10月頃〜2005年2月頃

*自分で自分を守る
この頃になると自然と自分で自分を守る術とでも言うのでしょうか。
自分である程度体調をコントロール出来るようになってきました。
脇腹から出していた胆汁や薬の副作用に苦しみながらも必死で生きていた時期です。

【第7部】
2005年2月頃〜2005年6月頃

*余命3ヶ月の宣告から1年
余命3ヶ月の宣告から1年が経った頃の体調や実践していた事などを記して行きます。
私はこの頃、『人間について』、そして『生と死について』深く考える事がありました。
そんな中、腹水が溜まり、さすがにもうダメかと思う事もありました。

【第8部】
2005年6月頃〜2005年11月頃

*最後の退院・胆汁が安定
この頃私の体調は急速に良くなって行きました。
今まで不安定で大変だった胆汁の出も落ち着き、この時期を最後にもう二度と入院する事もありませんでした。
急速に体調の好転を感じた私は主治医に今自分の身体がどうなっているか、再検査をお願いしました。

【第9部】
2005年11月頃

*『医学界においても例がありません』
『医学界においても例がありません』、私が主治医に言われた言葉です。
再検査の結果、私の胆管は正常に戻っていました。
腫瘍も全て消滅していました。
ついに私は末期がんを克服したのです。

【第10部】

*私が『がん』について思う事
私は父と兄をがんで亡くしました。
家族ががんになった時の気持ち、そして自分ががんになった時の気持ち、どちらも経験してきました。
そんな私が『がん』について思う事、そして闘病中に思った事等を記して行きたいと思います。

【第11部】
肝臓がん末期闘病記を書き終えて

*肝臓がん末期闘病記を書き終えて
肝臓がん末期闘病記を書き終えて、自分の闘病生活を振り返りながら様々な思いをお伝えしていこうと思います。


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