肝臓がん末期闘病記

肝臓がん末期闘病記

◆今思う、私の命の分かれ道◆
〜1: 余命3ヶ月の宣告と治療方法〜



私は2004年3月3日、末期がん(肝臓がん)の告知を受けました。
その後の詳しい検査の結果で私の末期がん(肝臓がん)の治療法が 肝動脈塞栓術(TAE)と直接肝臓がんの腫瘍に抗がん剤を投与する 肝動脈注入化学療法(HAI)と決まりました。
当時の主治医から治療法を聞いた時、 『この治療法なら私は助かるかも知れない。』と 死の恐怖と闘いながらも、かすかな希望が見えました。

かすかな希望とはそれらの治療法が私の知っていた統合医療の治療と同じだったからでした。

統合医療の治療法は、西洋医学のみの病院の治療法とは異なり がんなどの治療を受ける患者の体力(免疫力)を高める 免疫賦活食品(健康食品)等を引用してもらい 薬剤(抗がん剤)などの使用に対し、薬の副作用を低減させ、 患者の治療の質を高める治療法だと言う事を当時、私は勉強していました。

そして、当時はその統合医療の病院ががんなどの患者に使用しているものと 同じ免疫賦活食品(健康食品)を私も飲用していたので たとえ病院が違くても私がその免疫賦活食品(健康食品)を飲用する事で 統合医療の治療法と同じだと考えたからです。

その事が私にとってのかすかな希望でした。


しかし手術の結果は、肝臓に出来たがん(腫瘍)は、 場所的に悪く、しかも動脈付近にあり、がん(腫瘍)も大きかったため 塞栓術は出来ないと言う、最悪の状態でした。
そのため手術としては、肝動脈注入化学療法(HAI)、 肝臓がん(腫瘍)に直接抗がん剤を投与する準備段階として リザーバーを脇腹に埋め込む手術のみで終了しました。

しかし手術の翌日、主治医は私の妻に 『抗がん剤治療を行ったとしてもご主人の命はもって3ヶ月です。』と 余命3ヶ月の宣告が告げられていました。

そんな私の命をどうにかして救おうと 私の家族は必死で様々な治療方法を探してくれました。
家族が必死で探してくれた私の命を救う治療法・・・、 それは肝臓移植、それも妻が提供者と言う事で、 私には嬉しくも到底うなづけない内容でした。
私はもちろん、肝臓移植を断りました。
私だけならともかく、妻に万が一の事があったら 取り返しのつかない事になってしまいますから…。
結局私決断した治療法は その頃、友人が新たに探して来てくれた2種類の健康食品と食事療法でした。

私はその2種類の健康食品に命を賭け、 自分の直感のみを信じて免疫療法(自己)代替療法のみで 末期がん(肝臓がん)と闘う事にしました。

それは、指針も無く、先が見えない『生きるか死ぬか』の選択でした。

『生きるか死ぬか』の末期がん(肝臓がん)の闘いの中でも想像を遥かに超える 私の身体の異常や様々な症状がありました。
しかし結局、手術をして埋め込まれたリザーバーからは 抗がん剤が注入される事も無く、 『限りなく最悪な事態』でも何とか乗り越えてくる事が出きました。

もしあのまま、統合医療的治療方法を行っていたら 私は一体どうなっていたのかと思う事が今でもあります。
次回は『限りなく最悪な事態』の体験についてお話ししたいと思います。


⇒2:腹水、死を覚悟する


◆今思う、私の命の分かれ道◆

1:余命3ヶ月の宣告と治療方法
2:腹水、死を覚悟する
3:食医、食べる事の大切さ
4:がん細胞 VS 免疫細胞
5:がんの発症率と免疫細胞
6:がん細胞との戦争に勝つ


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